本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「忘年会・新年会を強要する上司」です。
再開される忘年会・新年会
昨今、COVID-19による影響で会食・飲み会は自粛されていました。ただ、COVID-19感染症の位置づけは2023年5年5月8日から「5類感染症」になりました。
これにより、ようやく医療従事者も遠慮なく会食できるようになりました。年末・年始になると、忘年会・新年会が催される職場は多いでしょう。
この背景もあり最近再び、「職場の飲み会にいきたくない」「コロナ禍のおかげで楽だったのに」という相談が増えました。気がすすまない程度ならまだよいのですが「忘年会・新年会を強要する上司」がいる場合、問題は深刻です。
上司の誘いに悩む部下
私も、過去には同じ悩みを抱えていました。職場の忘年会・新年会、歓送迎会・親睦会などあらゆる会(飲み会)に参加していました。参加しないと上司に疎まれるのではないかと思いましたし、職場の和を自分が乱すような気がしていました。
ただ、本音は「苦痛」だったので不参加を表明したこともあります。すると案の定、上司は「付き合いが悪い」とか「これは仕事なのだから参加すべき」と凄みます。
不思議だったのは部署が変わっても、職位が変わっても多くの上司が同じような反応を示すことです。今、様々な方の相談を聞いていても上司の反応は似ています。
ここで、なぜ上司はそんなに会食にこだわるのか考えてみましょう。
なぜ上司は会食にこだわるのか
おそらく、本音は上司自身も参加したくないのです。にもかかわらず、上司自身は若い時分から参加を強制され、反論もできずそれに適応した(蹂躙された)経験が忘れられないのです。
自身の心の声に耳を傾けないまま、無理やり不納得な経験を肯定した結果、自身が上司となったとき同じ振る舞いをするのです。「自分は我慢して従ってきたのに、若いお前が従わないのは許さない」と考えているはずです。
こうして上司が「参加すべき」と言えば、多くの部下は従わざるを得ません。職務上の権力を悪用しているのです。パワハラ以外の何物でもありません。
ただ、お気づきの通りこれは上司自身が自身の感情に向き合い解決する課題です。上司がどう考えるかと、部下が参加するか否かは何の関係もありません。上司に会食を強要する権利はありません。
もう一つ、上司が会食にこだわる目的があります。
それは、会食を利用し部下との対人関係を良くしたいのです。こうした上司は、会食の席で「無礼講」とか「腹を割って話そう」、「何を言ってもいいよ」などと言います。一見面倒見のよい、兄貴肌・姉御肌の方に見えるかもしれません。中にはそんな上司がよいと思う人もあるでしょう。
ただ、コミュニケーションを会食の場に求める上司は思い違いをしています。会食の場、つまり仕事場以外でないとコミュニケーションが図れないと言っているのです。
言い換えれば、仕事の場では適切な対人関係を築けていないと気づいているのです。
上司の隠された目的
こうした上司は、おそらく叱る・ほめるを乱用し部下を支配しているのでしょう。もしくは、放任しているのかもしれません。いずれにせよ、上司の役割を果たせていないのです。
その後ろめたさから、会食の場に部下を引きずり出し、アルコールの力も借りて、距離を縮めようと必死なのです。
「無礼講」は、部下を気遣っているのではありません。「自分がどんな失礼をしても許してね」・「普段のふるまいはチャラにしてね」と言っているのです。「腹を割って話そう」は、「自分のつらさを聞いてほしい、自分を構ってほしい」です。精神的自立を果たせていない上司と、あなたは一緒に会食したいでしょうか。
普段、誠実に部下と向き合っている上司は決してこのように振舞いません。職場で一人一人に向き合い、例え困難な問題に対しても他者と共に協働できる自信があれば、会食の場にコミュニケーションなど求めません。職場での対人関係は、本来職場で完結する課題だからです。
いうなれば上司が対人関係の課題に取り組まず、他者依存的なコミュニケーションを作っているのです。これを見た部下の一部は、それが正しいことだと認識し次の世代に受け継いでいくのです。
上司の誘いを断る方法
こう考えてみると、「忘年会・新年会を強要する上司」を持った時、部下にあたる人は必要以上に気を使う必要はないのです。
喧嘩・反論しろと言っているわけではありません。明確に自身の考えを表明するのです。
例えば、「誘ってくださってありがたいのですが、私は参加しません」と伝えます。理由を問われるかもしれませんが、答える必要はないでしょう。理由を伝えると、参加させるための方法を追及されます。
「仕事なんだから」とか、「みんな参加するんだから」と言われても関係ありません。仕事であれば、当然、給与が発生します。その会食に給与は支払われるでしょうか。プライベートの時間を差し出すものであれば、どんな言い訳をしても仕事ではありません。
たとえ疎まれても、不快に思われても全くかまいません。批判されても問題ありません。上司は「あなた」と会食したいのではありません。自分の相手をしてくれれば誰でもいいのです。
明確に自分の意思を伝え続けていれば、早晩「飲み会には参加しない人」と認識され、誘われなくなります。ほんの少しの辛抱です。
上司はどうすればいいのか
上司がもし職場以外の場所で特定の誰かと会食したいのなら、率直にそう伝えなければなりません。
職務上の権力を使わず、「あなたとお話ししたいので、良かったら一緒に食事に行ってもらえませんか」と伝えるのです。そして、断られてもそれは当然なのだと理解しなければなりません。参加の可否は、あくまで部下の方が決めることです。「行きたい人が行き、そうでない人は行かない」それが健全な組織、社会だと考えます。
もし、「なぜ上司がそんな気遣いをしなければならないのか!」と、少しでも感じた方は部下を誘わないほうが賢明です。
おわりに
「忘年会・新年会を強要する上司」について、考えてきました。気の置けない仲間とおいしい食事をしたり、お酒を飲み交わすのはとても楽しい時間です。お酒の席でコミュニケーションを深めることは、きっと私たちが紡いできた文化なのでしょう。
ただ、それは互いの合意があって成り立つものです。一方的な指示、あるいは表面上の同意であれば、その会食の持つ意味は変わります。
職場の人間関係に求められるのは、対話です。対話とは、互いが言葉によって一定の合意を取り付けることです。目的はもちろん、協働してよりよい仕事をするためです。
そしてもう一つ、よりよい対人関係を築くためです。対話に酒は必要ありません。
あなたはどう考えますか。
この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。