本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「機嫌の悪い上司」です。
いつも機嫌が悪いのか
あなたの周りには、機嫌が悪い上司がいませんか。
機嫌の悪い上司を持った時、周囲の人は大変です。あなたが会社員であれば、上司と呼ばれる人はたくさん存在しますから、おそらく誰か一人は顔が思い浮かぶでしょう。
私も、何人かの人が思い当たります。一人、例を挙げてみます。仮に上司Aさんとします。その方をよく観察してみると、どうやら常に機嫌が悪いわけではありません。ただしばしば機嫌は悪そうで、その矛先は同僚や部下に向かっています。
暴力的な振る舞い
特に月曜日の午前中は大変機嫌が悪く、周りの人が話しかけても目も合わせません。その時間に誰かが仕事の相談などしようものなら、相当な剣幕で騒ぎ立てます。「今忙しいんだから!」とか、「後にして!」などです。大きな声をだし、威圧するかのようです。
さらに、自分に都合が良くない申し出であれば「私は聞いてない!」とか、「勝手にすれば!」など他者を叱責します。当然ながら周囲の部下はもちろん、同僚も萎縮します。
部下・同僚の方たちは本人に聞こえないところで批判はしますが、言い返したり振る舞いを指摘したりはしません。何とか我慢して接するだけで、Aさんの暴力的な振る舞いを半ば諦めています。部下の中には、職場を変えざるを得なかった方もあります。
「普段は優しい」は本当か
暴力的な振る舞いをするAさんにもそれなりの理由はあるのでしょうが、周囲の人は八つ当たりされているという認識です。
不幸なのは、Aさんに誰も指摘しないことです。さらに、八つ当たりされた人の中には「私の対応が悪かったから怒られたんです」という認識の人があることです。また、「Aさんはいつも機嫌が悪いわけではないんです。飲みに連れて行ってくれたりして、面倒見はいいんです」、「怒鳴られることもあるけど、普段はすごく優しいんです」と言う方もあります。
そのコメント通り、Aさんが常に機嫌が悪いわけではないのは本当です。事実、月曜日の夕方には機嫌の悪さは軽快し、目が合うようになります。さらに、火・水・木と日が経つにつれ機嫌は良くなります。
加えて、金曜日ともなれば陽気になり、自分から部下や同僚を呑みに誘ったりしています。正確に述べると、一日の中でも機嫌の良し悪しが明確です。まるでジェットコースターです。機嫌が良いときには他者に積極的に話しかけ、明朗にしゃべります。仕事も協力的です。
ただ、必要以上に他者に優しく接しているように見えます。私は、粘着質な関係に感じられます。
虐待の構図
さて、上司Aさんと他者の関係を見てきました。この関係、どこかで聞いたことはありませんか。そう、虐待の構図です。ドメスティックバイオレンスで暴力を振るわれる側、多くの女性がしばしば同じことを言います。
また親子の虐待関係であれば子どもが親を庇うように、同じことを言います。これを指摘するとAさんも周囲の人も必死で否定しますが、この事例は職場での虐待だと私は捉えます。
「いやそんなことはない。これくらいの職場どこでもある」と思われますか。虐待について一度詳しく学んでみたい方は、参考図書を3冊示しますのでご一読ください。
- やめられない心 毒になる「依存」 :グレイグ・ナッケン 玉置 悟=訳
- 毒になる親 :スーザン・フォワード 玉置悟=訳
- 死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威 :岡田 尊司
あなたはどうする
私は虐待に反対の立場です。改めて明言すると、違和感を持った方もおられるはずです。
「あたりまえだろう」「虐待は良くないことだ」「自分も当然反対」と仰る方は多いです。とても心強いコメントで、ありがたいです。
ただ、想像してください。もし虐待の現場にあなたが居た場合、同じことを言えるでしょうか。あなたの上司がAさんのような方で、暴力的な振る舞いを延々と続けていたとして、どう接しますか。周囲の同僚が泣いていた時、力になれますか。Aさんを制止する勇気がありますか。
さらに、あなた自身が怒鳴られたり無視されたりしたとき、平静でいられるでしょうか。
私は萎縮するし、恐怖を感じます。過去に反論できなかったこともあるし、迎合したこともあります。「機嫌を取らなければならない」と感じたことさえあります。
それでも今、Aさんと対等な関係でありたいと強く思います。
これからどうするか
怒鳴られたときには、「大きな声を出さないでもらえると嬉しいです」と言います。無視されたときには、「また、お返事くださると助かります」と伝え、その場を去ります。
長時間叱責をされたときには、「仰っていることは理解できました。ただ、この時間はとても辛かったです」と意見します。執拗に飲食の誘いがあるときには、「誘ってくださって嬉しいです。ただ、私は仕事以外ではあなたとご一緒したくありません」と言います。
「男のくせに細かいことを言うな」と言われれば、「男性・女性は関係ないと思います。そういわれると傷つきます」と言います。
例え、相手からどんなに暴力的な接し方をされても、暴力的に返してはなりません。どちらが正しい・間違っているという議論に陥ってもいけません。それは権力争いです。
権力争いに突入した場合、当事者二人での解決は不可能に近づきます。だからどんな時でも整然と、論理的に言葉で伝えるのです。
虐待する人を考察する
Aさんは、これまでの人生で対話を学んでこなかったのです。また、対等な関係を誰にも教えてもらえなかったのです。
そうであれば、誰かが伝えなければなりません。暴力的に振舞わなくても、言葉で丁寧に話せばあなたの思いは他者に伝わる。二人で課題は解決できる。人は対等である。私は伝えて行きたいです。
ここからは、私の偏見であることをお断りしてお話します。このように暴力的な振る舞いをする人は、恐らく誰かに虐待をされていたのだろうと私は感じます。それが身体的・精神的・性的なものいずれか、また全てかはわかりません。ただ、物に当たったり、精神的に他者を追い詰めたり、自分と他者の性的な部分にひどくこだわったりする姿は痛々しく見えます。
過去に受けた虐待、傷ついた自分を認めることができなければ、その傷は決して癒えません。自身のコンディションが良いときは目立ちませんが、調子の悪いときその傷は疼きます。癒えない傷から気をそらすため、他者を傷つけるのです。他者が痛がっている姿をみれば、自分の傷から目を逸らせます。
負の連鎖は止められる
誰一人、心の傷を負ったことのない人は存在しません。それでも、すべての人が暴力的な振る舞いをするわけではありません。傷を認め、一歩踏み出す勇気ある人を私はたくさん知っています。
自身の傷は自分で癒すしかないのです。他者に代わってもらうわけにはいきません。見たくもない傷を含め、自分は自分であると認めることから始めてみませんか。こうして自分自身を大切にできたときに、きっと他者に優しくなれます。Aさんにも、そう伝えたいのです。
看護師である私たちが向き合うのは、患者・家族だけではありません。上司や部下・同僚だけでもありません。それは自分自身と、そして今隣にいる誰かかもしれないのです。
あなたはどう考えますか。
この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。