本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「金輪際、この話はするな」です。
セミナー会場が凍り付いた、70代医師からの手厳しい「拒絶」
先日開催した、医療者(管理職)向けの対人関係セミナー。私(筆者)は、対人関係能力を育成するための提案として、従来の「ほめる・しかる」という賞罰に依存した対話の弊害を指摘し、人の自律を促す新しい対話のあり方をお話ししました。
しかし、講演後の質疑応答の時間、会場の空気が一瞬にして凍り付いたのを感じました。
一人の参加者、70代の現役医師が立ち上がり、私に強い拒絶の言葉を投げかけたのです。
「金輪際この話はしないでほしい。あなたも親から良いことはほめられ、悪いことは叱られて立派になられたはずだ。ほめない・しからないなど詭弁であり、私のような者の人生そのものを否定する暴論だ。撤回しなさい。」
強い口調で、迷いのない眼差し。その場に居合わせた誰もが息をのむような、怒りと切実さが混じった、感情のこもった言葉でした。
私への「拒絶」という形を取りながらも、その言葉の裏には、「私はこれまでの人生で間違ってはいなかった」と強く主張せざるを得ない、ある種の孤独と焦燥感が垣間見えました。社会的地位も高く、おそらく家庭でも立派な役割を果たしてこられたはずのその医師が、なぜこれほどまでに感情的にならざるを得なかったのか。
私は直感しました。この方は、多くのものを手に入れたにもかかわらず、心から「幸せ」を感じていないのではないか、と。
この衝撃的な指摘は、多くの人が当たり前だと思っている「賞罰による一方的な指導」と、「人の対人関係能力を育成し、自律を支援する対話」の間に横たわる、深く根深い亀裂を示していると確信しています。
本稿では、この医師の切実な心情を真摯に受容しながらも、なぜ「ほめない・しからない」という選択が、医療・介護の専門職、そして私たち自身の自律的な人生にとって、今、不可欠なのかを論じたいと思います。
権威ある医師が拒否した「ほめない・しからない」の深層
なぜ「暴論だ」と感じたのか?社会的成功者が抱える「幸せのパラドックス」
前章でご紹介した、70代現役医師からの激しい拒絶の言葉。その言葉は、「私はこれまでの人生で間違ってはいなかった」という、個人の根源的な経験と信念を守ろうとする切実な叫びでした。
ここで私たちは、この医師が持つ「社会的成功」という鎧の裏側にある、ある種の「パラドックス(逆説)」について、深く考察する必要があります。
「評価」で築いた成功は、なぜ「幸福」に繋がらないのか?
長年の経験を持つ医師が「ほめない・しからない」に反発したのは、彼自身の人生の成功体験そのものが、「賞罰」の上に成り立っているからです。褒められることで承認欲求を満たし、叱られることで間違いを正すというシステムの中で、彼は地位を築き、「立派だ」と評価されてきました。
しかし、賞罰によって動機づけられた行動の目的は、「他者からの評価」や「優位性の確保」へと向かいがちです。つまり、それは「自分の内なる目標」ではなく、「他者の基準」に縛られた非自律的な成功と言えます。私がこの医師から「幸せを感じていないのだろう」と直感したのは、まさにこの点です。常に他者の評価を求め、それに応え続けなければならない人生は、たしかに社会的役割は満たしますが、心から満たされる「貢献感」や「自律的な喜び」とは結びつきません。
「叱る・褒める」という支配の技術が奪うもの
医師が恐れたのは、「自分のスタイルを変えること」ではなく、「これまで絶対だと信じてきた上下関係と支配の構造」が崩壊することだったのではないでしょうか。
上下関係の中で人生を過ごしてきたであろう医師にとって、「叱る・褒める」は、部下や後輩を意のままに動かし、集団を統率するための最も効果的な「技術」でした。
しかし、この姿勢は、相手の「課題」に医師が「介入」している状態です。
- 褒める:相手を評価し、優位な立場から操作する。
- 叱る:相手を劣位な立場に置き、服従を促す。
この構造が常態化すると、相手は「自分で考える力」や「自分で行動を選択する力(自律)」を奪われます。医療・介護現場のように、一瞬の判断と専門性が求められる職場で、自律的に考え行動できない専門職を育成してしまうことは、大きなリスクを伴います。
「ほめない・しからない」が目指す対話の真価
「詭弁」ではない。「自律を助ける」信頼に基づく対話
「ほめない・しからない」は、決して相手を放置すること」ではありません。それは、「相手の課題に深入りしない」という哲学に基づいた、極めて積極的で勇気ある対話の姿勢です。
支配から「信頼」へ:「評価をしないこと」がもたらす自律
「ほめる・しかる」の目的が支配にあるのに対し、私たちが目指すのは、相手の自律を支援する「信頼」に基づく対話です。
この「評価をしないこと」が自律を助けます。私たちは、「あなたには自分で考え、課題を乗り越える力がある」と心から信じるからこそ、介入をしないのです。この信頼こそが、相手が自ら行動を選択するための土台(自信)となります。
「貢献」に着目する励ましの言葉
褒めたり叱ったりしない代わりに伝えるのは、「評価」ではなく「貢献」に着目した事実の共有と感謝です。
| 対話のテーマ | 賞罰による対話(評価) | 励ましによる対話(自律の支援) |
| 目標達成時 | 「君は優秀だ! さすがだね」 | 「あなたが粘り強く工夫してくださったおかげで、チームの目標が達成できました。ありがとうございます」(貢献したプロセスと事実を伝える) |
| ミスがあった時 | 「なぜこんな簡単なミスをするんだ!」 | 「このデータ入力で問題が起きたのは事実ですね。どうすれば再発を防げるか、一緒に考えてみませんか?」(責任範囲を分け、共に解決策を考える) |
励ましは、相手の「能力」や「人格」を評価するのではなく、相手がチームや職場に果たした貢献の事実を伝え、「私(筆者)はあなたを対等な仲間として必要としている」というメッセージを送ることです。この対話こそが、相手に内発的な意欲を生み出し、自律的に成長していく力となります。
実践に向けた「新しい対話の姿勢」
それでも「私は」この対話で専門職の自律を支援したい
私は、あの医師からの厳しい指摘を真摯に受容しながらも、「ほめない・しからない」という対話の姿勢こそが、医療・介護の現場、そして私たち自身の自律的な人生を豊かにする鍵であると確信し、これからも実践し続けます。
競争の場から「協力関係」へ:真の貢献感を取り戻す
私たちが「ほめない・しからない」対話を通じて目指すのは、上下関係や競争を排除した「対等な協力関係」です。誰もが対等な協力者であり、自分の意思で他者に貢献することで「私は人の役に立っている」という心の充実(貢献感)を得られる環境を築くことです。
明日からの「励まし」:自律を促す具体的な対話のステップ
| ステップ | 行動の目的(自律支援) | 具体的な言葉の例 |
| 【観察】 | 評価を入れずに、行動と結果の「事実」を把握する。 | 「先ほど、患者様と熱心にお話をされていましたね。」 |
| 【感謝】 | 相手の貢献の事実に焦点を当て、感謝を伝える。 | 「〇〇さんが率先して動いてくださったので、大変助かりました。ありがとうございます。」 |
| 【促し】 | 課題があった場合、相手に解決策を考えさせ、自律を促す。 | 「今回の件、次に同じ状況になった場合、どのような行動を選びたいとお考えですか?」 |
| 【信頼】 | 相手の選択と実行力を心から信じ、見守る。 | 「あなたが決めたことでしたら、私も最大限サポートさせていただきます。」 |
この対話の姿勢は、相手に「勇気」を与え、他者の評価ではなく「自己決定」によって動く自律的な人材を育成します。そして、この姿勢を実践すること自体が、筆者(私)の対人関係能力育成への貢献であり、医師の指摘を真摯に受容した上で選び取る私の行動の証となります。
常識を問い直し、真につながる対話へ
私たちは、70代現役医師からの厳しい指摘を真摯に受容し、その言葉の裏側にあった「社会的成功と心の幸福のパラドックス」、そして「賞罰に依存する支配の構造」を深く考察しました。
「ほめない・しからない」という対話の姿勢は、決して「詭弁」でも「暴論」でもありません。それは、相手の人生を否定するためではなく、相手の自律を心から信頼し、勇気づけるための、最も積極的な対話の選択です。
古い習慣と決別する勇気を必要としますが、他者の評価に依存するのではなく、共同体への貢献を自らの意思で選び取ることこそが、専門職として、そして一人の人間として、真の心の充実を得る道です。
私たちは、目の前の相手に「あなたには自分で課題を乗り越える力がある」という信頼を送り続けることによって、初めて自律した専門職を育成できます。そして、その対話の姿勢こそが、私たち自身の対人関係能力を磨き、賞罰に縛られない自由な生き方へと繋がっていくのです。
おわりに
私は、これからも対人関係能力育成貢献という活動を通じて、「ほめない・しからない」という自律を支援する対話の必要性を訴え続けます。この決意を、読者であるあなたにも共有し、共に「真につながる対話」を実践して頂けることを願っています。
最後にこのような考察の機会を与えてくださった関係者の皆様、そしてご意見下さった医師に改めて感謝をお伝えしたいです。セミナー会場で講師に質問や意見を投げかけるのには、相当の信念と勇気がないとできません。おかげで私は他者の意見を聞くことができ、自分を振り返ることができました。ありがとうございます。
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この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。








