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「あの人を罰してほしい」と感じる心理とは?正義感の暴走、それとも…【罰を与えよという人】

本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「罰を与えよ」という人です。

管理職は困っている

これは看護部長、あるいは師長や主任などの管理職から寄せられる相談です。定期的に相談がありますから、きっと多くの管理職が悩まれることなのでしょう。

聞くと、自分の部署内で問題が起きたときある人が管理職に訴えてくるのです。「決められたルールを守らない」、「何度言っても響かない」、「同じミスを何度も繰り返す」、「生意気だ」などです。このように先輩が後輩を指摘するケースが目立ちます。

一方、後輩から先輩へのの指摘もあります。「きちんと教えてくれない」、「話をちゃんと聞かない」、「先輩というだけで偉そうにする」、「上から目線で接してくる」、「理解を示そうともしない」、「経験年数は多いくせに、子どもっぽい」などです。

罰とは何か

共通しているのは、その後に続く「罰を与えよ」という言葉です。ストレートに「罰を与えよ」とは言わないかもしれませんが、「師長からしっかり叱ってください」とか「このままでは仕事を続けられないと伝えてください」、「みんな迷惑している」などの要望があります。

あるいは、「あの人を移動させてください」、「一緒の夜勤はしません」などがあります。さらにエスカレートすると、「彼(彼女)を辞めさせてください」、「あの人が辞めないのなら、私は退職します」もあり得ます。

管理職に対して、一方的に相手を糾弾し態度や行動を改めさせようとするのは、相手への「罰」です。これには反論があるかもしれませんが、職務上の権限を有している人に対し力を「行使せよ」と強要しているのですから、それは罰なのです。

当人に聞けば、「とんでもない」、「強要などしていない」と言うでしょう。よく考えてください。相手を辞めさせることも、自分が辞めることをちらつかせるのも、強要以外の何物でもありません。まっとうな上司であれば、誰かが辞めることを良しとしません。社会人として誰が見ても職務遂行困難な方であれば、仕方ないのかもしれません。

ただ実際にはこれまで辞めずに仕事できているのだから、きっと職務困難な方ではないと考えるのが自然です。こう考えると「相手か自分が辞める」は、管理職(上司)が困ることを充分理解したうえでの言動です。つまり、暗なる強要です。自分は手を下せないので、自分の代わりに権限をもっているお前(上司・管理職)が手を下せ、と言っているのです。いずれにしても、穏やかではありませんね。

罰を求める人にどう対応するか

これらを踏まえると、管理職が訴えに迎合してはならないことがわかります。増して、訴えに同調し罰を与える行為が不適切ということは理解できるでしょう。迎合しようものなら、罰を与えよと訴える人は「自分はやっぱり正しかった!」と誤った学習をします。不適切な対人関係の方法を学ばせたことになります。

では、管理職はこれからどうすればよいのでしょうか。この場合も、「罰を与えよ」という言動に隠された目的を読み解くことに意味がありそうです。なぜその人は「罰を与えよ」というのか考えてみましょう。相手が心から憎いのでしょうか。管理職を困らせて楽しんでいるのでしょうか。それらが絶対にないとは言いません。表面的・一時的にはそうした感情も否定できませんが、本来の目的は違うと考えます。

罰を与えよという人は、困っている人

「罰を与えよ」という人は、恐らく困っているのです。

一緒に仕事をする間柄であれば、協働が望まれます。共通の目的を達成する必要に迫られます。相手と適切なコミュニケーションが保てないと、それは叶いません。

ところが世の中、気の合う人ばかりではありません。生育環境・学習環境も当然異なります。思想も異なれば、コミュニケーションのスキルも違います。相手と上手くいっているように思えても、一つボタンを掛け違えれば関係に亀裂が入ることはあります。そこで修正できればよいのですが、その方法を知らない場合壊滅的な関係に陥ることも少なくありません。

すると、相手が自分の思う通りに動いてくれない。そんな相手のことがわからない。自分のことをわかってくれない。相手はきっと自分のことが嫌っている。それなら自分も大嫌いだ。こうした思考に陥ることは予想できます。その結果、相手を貶めたくなり「罰を与えよ」と言うのではないでしょうか。つまり、困っているのにどうしたらよいか解らず「相手を排除する」に至ったのです。

困らないようにするには

そうであれば、困らないようにすれば良いのです。

また、困ったときにどうすればいいかを学んでもらえば良いと考えます。

思い返してください。その人は、管理職のあなたにいきなり「罰を与えよ」と強要してきましたか。それまでに何らかの相談はなかったでしょうか。相談に至らないまでも、日常会話の中に不満や申し出のサインはあったはずなのです。諍いが起きている2名を見ていれば、徐々に変化していたと思われます。当初は協働出来ていたのにお互いを避けるようになったり、挨拶をしなくなったりといった事象です。

端的に言えば、これらのサインを管理職であるあなたが見落としている可能性はあります。仮に見落としておらず、気づいていたのなら黙認したのでしょう。

それでも今、「罰を与えよ」と言葉であなたに訴えているのです。

仮に適切な方法でなかったとしても、最後の助けを求めてもらえる関係なのです。あなたに「困っています」と相談しているのですから、やることは一つでしょう。相手が何を伝えたいのか、全身で聴いてください。いくら時間がかかっても聴くのです。そして相手が本当に話し終えたら、自分の考えを表明していいでしょう。

これまで見てこなかった相手の顔が、少しずつ見えてきます。表情の変化、心情の変化、言葉の裏に隠された感情、心の声がわずかずつでもわかる経験ができるかもしれません。もっとシンプルに、「相手のことをもっと知りたい」と思えます。その頃には互いの意見の相違と、共通点が見出せます。そして、「これからどうするか」を二人で考えてみることは不可能ではありません。

自分にできること

「罰を与えよ」という人をテーマに考えてきました。もしこれから先、自部署スタッフ同士の関係が変化したと気づいたなら声をかけてみませんか。

かしこまらなくてもいいのです。「今困っていることはないですか。もしあれば、きかせて頂きたいです」と伝えることができます。あるいは、「最近元気が無いように見えます。力になれることがあれば、言ってくれたら嬉しいです」なども良いでしょう。普段からこうした声掛けができているなら、困ったときにはきっと相談してもらえます。

言い換えれば、「困った時には相談してもらえる」とあなたが思える関係を築きたいのです。それを信頼関係と表現するのは言い過ぎでしょうか。

あなたはどう考えますか。

この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。

ABOUT ME
小林 雄一
脳卒中リハビリテーション看護認定看護師「看護師失格?」著者 看護師の育成に取り組むと同時に、看護師の対人関係能力向上に貢献するため、面談・セミナー・執筆活動を行っています。