本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「人前で話したくない」です。
看護師は話す仕事
看護師をしていると、人前で話す機会が多くあります。普段の仕事でも、患者・家族との会話がないと仕事は成立しませんし、職員間でもカンファレンスなどで意見を求められることは日常茶飯事です。リーダー役割をするようになれば、あらゆる人と話す機会が一層増えます。就職後の卒後研修などでも自分の考えを述べることが求められますし、経験を重ねれば自施設外での研修などでも人前で意見を述べることが多くなります。
看護師の多くはこうして話す練習を積み重ねていきます。そのため、「話すこと」自体は不得手なひとが少ないように私は感じます。自覚しているか否かは別ですが、話し好き・話し上手な看護師さんは多いです。
話すのが嫌
ある看護師さんから相談を受けました。
「人前で話したくない」と言います。私が、「話したくなければ、無理しないでいいのではないですか」と提案すると、「そんなわけにいきません。看護研究を上司から指示されて、どうしても学会で発表しないといけないんです」と話します。この看護師さんは、自分は人前で話すと声が裏返り、顔が真っ赤になって、体中汗まみれになりみっともないと言います。脇汗もかいて恥ずかしいし、化粧も落ちてかっこ悪いし、これでは聞くほうも不快だと付け加えます。だから人前で話したくないそうです。この気持ちはたくさんの方が理解できると思います。
それでも上司からの指示に従い、仕事を遂行しようとする姿には敬意を持ちます。一方、そんなに嫌なら断ればよいとも思います。人前で話したくない理由をたくさん挙げていますし、心身を疲弊させてまでやらなくてもよいでしょう。上司に誠意をもって伝えれば、きっと伝わると思います。上司も担当者を代えたり、なんらかの支援をしてくれたりなど、別な方法を考えてくれることでしょう。やりたくないことは、どうか勇気をもって提案してほしいです。
人前で話したくないのはなぜか
ただ、この看護師さんは「人前で話したくない」といいつつも、発表する覚悟は決まっていました。先にお話ししたように「無理しないでね」と伝えても、「どうしてもしないといけない」と辞退しない方針でした。それならばなぜ、できない理由をたくさん挙げるのでしょうか。
よく話を聞いてみると、普段のカンファレンスや患者・家族との会話ではなんら緊張しないそうです。それでも新人の時はひどく緊張していたそうですから、きっと人前で話すことに慣れたのでしょう。ではなぜ、少し不慣れな学会では同じような症状が再び生じると言うのでしょうか。
慣れていないと言えばそれまでですが、その症状には何か目的がありそうです。「人前で話すと声が裏返る・顔が真っ赤になる・体中汗まみれになる・脇汗もかいて恥ずかしい・化粧も落ちる」と言えば、他者にはひどく緊張していることが伝わります。「私は緊張しています」という強いメッセージになります。そうすれば学会発表時、たとえ上手く話せず失敗しても仕方なかったと言えます。
「緊張していたから上手くいかなかった。もし緊張していなければ、私は上手く話せた」という、裏メッセージなのです。本当はできるのに、緊張のせいでできなかったことにしたいのです。さらに、「こんなに緊張するのは失敗したら誰かに笑われるからだ。笑う人が悪い」と考えています。要は自分の経験不足を認められないのです。
他者は敵ではない
人前で話すと声が裏返る・顔が真っ赤になる・体中汗まみれになる・脇汗もかいて恥ずかしい・化粧も落ちる」は本人に生じたことであり、きっと事実なのでしょう。
一方、それを見た人が「かっこ悪い・みっともない・聞くほうが不快」と言いますが、果たしてそうでしょうか。これまでに誰かに言われたり、あざ笑われたりしたことがあるのでしょうか。もしかしたら、中にはそんな心ない言動をする人がいるかもしれません。でもそれは、ごくまれだと思います。
例えばあなたが学会で聴講者だった時、一生懸命話している人をみて馬鹿にしませんよね。逆に、発表が完遂するよう心から応援しませんか。無事終わったら、拍手でねぎらいますよね。自分が発表するときも、そんな心持ちで居ていいはずです。
現に、新人の時には普段の仕事でも同じように緊張していたはずです。でも看護師としての経験を積み、同僚や多職種と助け合い、患者・家族に誠意をもって対応することで、過緊張することはなくなったのです。
仲間とは
それは、周囲の人を仲間と思えたからです。「たぶん、自分は責められることはない」と思えたのです。対して学会で緊張するのは大勢の初対面の人ですから、「責められるかもしれない」と身構えています。でもきっと、大多数のひとはあなたを応援しているし、あなたの発表を聞きたいと考えています。
なにしろ、聴講者は学会という場にコストを投じて学びに来ているのです。そしてあなたもそうですよね。学びたいもの同士が集まり、話をする。それを仲間と呼んではいけないでしょうか。
人前で過緊張しているとき、それは他者を仲間と思えていない状態です。人前で緊張することは認めますし理解はできますが、ずっと緊張しているのはもったいないです。せっかく人前で話せる機会です。それは、他者と繋がる良い機会です。経験が不足して上手く話せなかったのなら、その経験は必ず次に活きます。
他者との繋がり
だれでも初めから上手くいく人などいません。目の前の機会にどれだけ真摯に向き合うか、それだけです。そうであれば緊張を他者にあからさまに伝えるより、すこし肩の力を抜いて他者と繋がってみてはどうでしょう。
そうすれば他者との繋がり、つまり対話が生まれます。限られた範囲の他者と関わるだけでなく、時にはその範囲を広げてみるとよい経験ができます。言い換えれば、視野の広がりです。視野とは、様々な人の考え方を知り自分も同じような感じ方ができることだと思います。人前で話せることは、とても素晴らしいです。あなたが話したことが他者に伝わり、他者も自分も視野が広がるかもしれない、とても素敵なことだと思うのです。
人前で話す自分に真摯に向き合っていれば、人前で過緊張しない日がきます。「人前で話したくない」と思うことも、きっとなくなるでしょう。
おわりに
「人前で話したくない」という相談をもとに、対人関係の視点で一緒に考えてきました。「人前で話したくない」と強く思ったとき、その目的は何か一度考えてみてください。傷つくことを過剰に恐れていないでしょうか。
あなたはどう考えますか。
この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。