本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「同期より仕事ができない・・・という新人」です。
新しい環境はストレスが多い
新年度になり、はや1ヵ月が経ちます。4月に就職された新人さんは、新たな環境で頑張っておられると思います。ようやく職場の人たちにも慣れてきたところでしょうか。
今回は、そんな新人さんの指導担当の先輩からの相談です。
新年度は新人さんはもちろんですが、新人指導に当たられている先輩方にもプレッシャーがあります。そんな中でも新人さんが元気に出勤し続けてくれれば、ほっと一息つく場面もあるかもしれません。
様子のおかしい新人さん
ある日、先輩はどこか様子のおかしい新人さんに気づきます。
就職して一生懸命仕事を覚えようと張り切っていたのに、日々元気がなくなりしんどそうに見えます。心配になり声をかけると、新人さんは突然涙を流しはじめます。黙りこんだままなかなか話してくれないので寄り添っていると、「自分は同期より仕事ができないんです」と嗚咽交じりに話すのです。
何があったのか詳しく聞くと、「学生時代は睡眠時間を削って勉強し、試験や実習がんばってきたんです。やっと国家試験に合格し就職したのに、自分がこんなに仕事ができないと思わなかったんです。もうショックです。私以外の同期はてきぱきと仕事をしています。先輩や患者さんとも上手くコミュニケーションがとれています。それに比べて私は全然ダメです。なんで同じ同期なのに、こんなに違うのかと情けなくなります。もう無理です」と言います。
先輩は「複数の新人を指導していてもそんなに違いはないと思うし、大きな問題もないのになぜそんな悲観的なのだろう。どう声掛けしていいんだろう」と動揺します。内心、「え?新人なのだから当たり前だろう」、「急に仕事ができるとでも思っていたの?」、「ちょっと常識がない人だな」と感じます。
事実、たった1ヵ月で仕事が一人前にできることはあり得ませんし、新人同士での能力差などわかるはずもありません。
泣く新人さんにどう接するか
こんな時には「そんなことないよ。頑張って」とか、「あなたならきっとできるよ」と伝えるでしょうか。または「そうだね。それは辛いね」、「そんなに頑張らなくてもいいよ」と声をかけるでしょうか。あるいは「同期に負けないようにね!」と発破をかける人もいるかもしれません。こうして多くの方は励ますか、慰めるかのどちらかを選びます。
声をかけられた新人は「先輩がわかってくれた」と感じ、「同期を追い越すくらいやるぞ!」と、また明日から頑張れるかもしれません。
私は決してその方法が誤っているとは思いませんが、適切な関り方かどうかはよく考える必要があると考えます。
ここで、新人さんが悲観的な訴えをしている目的を一度考えてみたいです。先輩とは就職してわずか1ヵ月の関係です。そのような背景で突然涙を流し自分の不幸を訴える姿に、私は少し違和感を覚えます。もちろん短い時間でも信頼関係が築け、先輩と新人が対等な対人関係になっていたのなら、何の問題もありません。
ただ、感情をあらわに訴えた新人に対し、先輩はいくらかの不快感と疑問・違和感を持ったように見えます。その違和感の正体は何なのでしょうか。
感情を武器にしてはいけない
私は、この新人さんが「感情を武器にしている」からだと考えます。新人さんのおかれている環境が大変でないとは思いません。努力をしていないはずもありません。ただ、自分のしんどさを泣いて訴える必要はないのです。まして他人と自分を比べることも不毛です。
仕事が苦しければ言葉で訴えればよいのです。仮に指導方法や、職場のルールに不満があるのなら、言葉で伝えることができるはずです。情けないと思うのなら「話をきいてください。愚痴になるかもしれませんが、話させてもらっていいですか」と言えます。
この事例のように悲劇の主人公のようにふるまえば、確かに先輩の関心はひけるでしょう。もしかしたらこの先、先輩は自分だけをみてくれるかもしれません。特別に気に掛けるようになる可能性もありますし、特に優しく配慮して接する可能性もあります。こうなれば、新人さんは「自分が尊重されている」と勘違いできます。
それ故、新人が感情を武器にして接してきた場合、対応には注意が必要なのです。もし先輩が適切でない対応をすれば「次からもこうすればいいんだ」と新人は学びます。だから先輩は新人と自分自身の感情に飲み込まれることなく、対等な対人関係を築かなければならないと考えます。
こう伝えると「冷たくしてもいいんだ」と捉える人がありますが、そうではありません。近すぎず、遠すぎない対人関係の距離を持つのです。前述の新人と先輩の関係は、あまりに近すぎます。
新人さんが近すぎる距離を求めていて、先輩が巻き込まれているのです。
適切な距離
適切な距離とは「いつでも手を伸ばせば支援できるが、客観的に新人さんの様子を把握できる」イメージです。指導に熱心になるあまり、相手の表情が見えないほど近づいている例はよくあります。もし指導が上手くいかなければ、距離が近いことは大変負担になります。このため急激に距離を開き、「勝手にやれば」という放任的な関係にも陥りやすいと感じます。
では、新人さんが感情を武器して接してきた場合、どうすればよいのでしょうか。
新人さんが泣いたり悲しそうにしたり、また不機嫌にしているだけでは取り合わないことを勧めます。もちろん、どこか様子がおかしいと気づいたのなら声をかけたほうが良いでしょう。そのうえで、冷静に言葉で説明するよう新人さんにお願いします。
もし話を始めたのちに号泣してしまうようであれば、いったん話を打ち切ったほうが賢明です。「今は冷静に話せそうにないですね。もし気分が落ち着いたら声をかけてくれますか。話を聞きたいと思っています」と伝えておけば、放っておかれたとは思わないでしょう。そして新人さんから改めて、「相談にのってもらえますか」と提案されたとき、話を聞くのです。
自分で課題に取り組んでも解決できそうにないと感じたとき、相談してもらえる関係を築くのです。
新人さんの相談に乗るとき、心情や背景には理解を示す努力は必要です。話を聞いたうえで、これからどうするかを話し合います。先輩が解決するのではなく、あくまで一緒に課題に取り組む姿勢です。
看護師として成長していくのは新人の課題ですが、成長の手助けをするのは先輩の課題です。つまり、新人さんの教育は共通の課題なのです。どちらか一方だけがどんなに努力しても、課題は解決しないと言えます。
感情を武器にしない関係
新人さんと先輩は、感情を武器にしなくてもよい関係を築かなければなりません。
看護師としての先輩は、人生の先輩でもあります。仕事を教えるのは、役割の一部にすぎません。先輩の役割は、新人さんに適切な対人関係を伝えることだと私は考えています。職場での適切な対人関係とは、協働して仕事の課題に取り組める対等な関係です。
最後になりますが、気になる点を1点指摘します。新人さんが同期と自分をひどく比べていることです。今回は詳しく触れませんが、他者と自分を比べることには危険が伴います。それは、人間を上下関係でみていると思われるからです。だから、先輩が「同期に負けないで」と伝えるのも避けたいです。上下関係を肯定しているからです。
上下関係には、必ず勝敗が生まれます。それはしばしば不健全な競争となり、精神的健康を損ないます。他者と自分を比較して考える傾向の強い方は、気を付けてください。
おわりに
今回は、「同期より仕事ができない・・・という新人」をテーマに対人関係を考えました。
感情を武器にする新人さんでしたが、当然それは先輩にも当てはまります。もし先輩が感情を武器にしていれば、新人の振る舞いは助長されるでしょう。
後輩ができたときにはおそらく、怒ったり怒鳴ったり、あるいは不機嫌になってコントロールします。これがもし家庭内で起これば、私は虐待と呼びます。果たして職場では許されるのでしょうか。
あなたはどう考えますか。
この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。