ドレナージとは?
看護師であれば、ドレナージという言葉を一度は耳にしたことがあるはずです。看護基礎教育で学びますし、もし急性期病院で働いていればしばしば登場する治療です。
ドレナージ(Drainage)とは本来、「排水・下水・配水管・排水される液体」を指す言葉です。医療の場では管(ドレーン)を体内に挿入して、「不要な内用液を排出すること」を指します。不要な内用液とは、主に血液・膿・浸出液です。
外科系疾患や手術が思い出されますが、内科系疾患でもしばしば実施されます。
脳神経疾患でのドレナージ
脳神経疾患治療で行われるドレナージを考えてみます。
目的が「不要な内容液の排出」であることには変わりないのですが、脳神経疾患では血液・膿・浸出液に脳脊髄液が加わります。さらにもう一つ、頭蓋内圧のコントロールという重要な役割があります。
つまり、脳神経疾患でのドレナージの特殊性は脳脊髄液排出と頭蓋内圧のコントロールです。扱うものが脳脊髄液であるがゆえ、排出しすぎてもいけないのです。
初めて脳神経疾患ドレナージを経験した看護師が、戸惑う部分です。
サイフォンの効果
ここでまず、脳神経疾患ドレナージを学ぶ上で欠かせない知識を示します。サイフォンの効果(原理)です。
サイフォンとは、隙間のない管を利用して、液体をある地点から目的地まで、途中出発地点より高い地点を通って導く装置であり、このメカニズムをサイフォンの原理と呼ぶ。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
まるで理科の授業ですね。私は全く覚えていませんでしたが、多くの人はどうやら小学校で習っているようです。少なくとも2023年現在は、小学性向けのテキストに掲載されています。
もし誤ったドレナージ管理をした場合、このサイフォン効果が発生します。ドレナージ管理に迷いが生じたとき、サイフォンの効果(原理)を思い出すと管理のエラーを防げます。
ドレナージの種類
脳神経疾患でのドレナージには、閉鎖式回路と半閉鎖式回路の2種類があります。閉鎖式回路は皮下ドレナージ・血腫ドレナージ、半閉鎖式回路は脳室ドレナージ・脳槽ドレナージ・腰椎(脊髄)ドレナージです。
このうち、半閉鎖式回路が脳脊髄液ドレナージに用いられます。脳神経疾患特有のドレナージです。概要を一覧にします。
ドレナージの種類と特徴
- 閉鎖式回路(特徴:閉鎖腔の排液・一定量の排液・一時的な使用)
- 皮下ドレナージ
- 血腫ドレナージ
- 半閉鎖式回路(特徴:髄液腔に用いる・通気孔がある・一定圧での持続的排液)
- 脳室ドレナージ
- 脳槽ドレナージ
- 腰椎(脊髄)ドレナージ
ここでややこしいのが、脳神経疾患治療では①閉鎖式回路と②半閉鎖式回路、いずれも使用されることです。
この記事では混乱をさけるため、②半閉鎖式回路について述べます。
脳室ドレナージ回路の概要
半閉鎖式回路である脳室ドレナージ・脳槽ドレナージ・腰椎(脊髄)ドレナージ、挿入している部位は異なりますが、扱う排液が髄液であることが共通点です。このため、管理の方法もほぼ同様となります。
脳室ドレナージ・脳槽ドレナージ・腰椎(脊髄)ドレナージ3つを、便宜上「髄液ドレナージ」と呼びます。
脳室ドレナージ回路 仕組み
このうち最も基本的な脳室ドレナージを例に、髄液ドレナージ回路を説明します。脳室ドレナージ回路の要点と、回路の各部位の呼称を示します。
脳室ドレナージ回路管理のポイントは、基準点(0点)を外耳孔の高さに合わせること、そして基準点からディスク(チャンバー内排液部)の高さが設定圧になることです。外耳穴からディスクまでの高低差が設定圧となり、脳脊髄液の排出量を調節する仕組みです。
設定圧はH2O(水柱)で表されます。設定圧単位はmm(ミリメートル)とcm(センチメートル)を混同しないように注意が必要です。設定圧は医師の指示によります。
尚、臨床ではときに「〇〇cmで引いています」とか「吸引しています」と話す人がいますが、これは誤りです。他の吸引式ドレナージのように、陰圧でドレナージはしていません。
あえて言うなら、「設定圧を頭蓋内圧が超えた分だけ、脳脊髄液があふれでる」が適切な表現です。
もし脳室ドレナージが陰圧という認識でいると、正しいドレナージ管理はできません。この脳室ドレナージ回路が陰圧になるのはオーバードレナージというトラブル発生時のみです。これは後述します。
頭蓋内圧の測定
脳室ドレナージが挿入されている場合、おおよその頭蓋内圧が把握できます。頭蓋内圧モニタが挿入されていない場合、これを頭蓋内圧のモニタに使用します。
脳室ドレナージ回路から脳脊髄液の液面を見つけ、液面が0点から何cmH2Oを指しているかを確認します。この値が現在の頭蓋内圧です。
脳室ドレナージ回路 クランプの役割
脳室ドレナージ回路の全体を見渡すと、多くのクランプが目につきます。ロールクランプはすべて排液を一時遮断するものです。
一方、ワンタッチクランプにはエアフィルター保護をする役割があります。その目的は通気であり、半閉鎖式回路である脳室ドレナージ回路内を大気圧に保つことです。
複数あるワンタッチクランプの中で、特に重要なものがあります。それはチャンバー上のワンタッチクランプです。このクランプが常時開放されていることで、サイフォン効果を防ぎます。
逆に閉鎖された状態だと、サイフォン効果による髄液の過剰排出という重大なトラブルが発生します。
これがオーバードレナージです。
ではなぜ、サイフォン効果が発生する危険を冒してまでワンタッチクランプを設置しているのでしょうか。常時開放しておくのが正解なら、クランプは不要とも思えます。
ところが、先述したようにチャンバー上のワンタッチクランプの先にはエアフィルターがあります。
もし何らかの理由でエアフィルターが濡れたり汚染した場合、閉塞します。閉塞すれば通気が出来なくなり、脳室ドレナージ回路は半閉鎖回路でなくなります。するとサイフォン効果が生じ、髄液の過剰排出が起こるのです。これもオーバードレナージです。
エアフィルターの濡れ・汚染とワンタッチクランプの開放忘れは、髄液の過剰排出という同じ結果を招きます。
エアフィルターを保護するタイミング(クランプ閉鎖)は、脳室ドレナージ回路のチャンバー部分を水準器(ドレーン架台)から外すときです。
臨床では、患者がベッドから離れる時と考えていただけば想像しやすいと思います。CT・MRIなどの各種検査や、離床・リハビリテーション・トイレ排泄などが考えられますね。
オーバードレナージ
ここまで何度も登場したオーバードレナージを解説します。患者さんの生命にも関わる、大変恐ろしいトラブルです。
オーバードレナージによる髄液の過剰排出・合併症のイメージを示します。オーバードレナージの危険性と、それを防ぐための看護師向けリマインド動画です。
尚、これは実際の髄液排出の様子や時間・量などを正確に示したものではありません。あくまで注意喚起の動画です。この部分はご承知ください。
オーバードレナージのイメージ
オーバードレナージが進行し髄液が極度に排出されると、脳室が異常に小さくなります。その結果周囲の脳が内側に引っ張られ、異常な圧がかかります。すると脳室周囲・脳室内に出血することがあります。
さらに進行すると、脳表の血管(架橋静脈など)が損傷され、硬膜下血腫を生じます。こうなると内側に引っ張られる圧に、外側から押し付ける圧が加わり脳の変位がおこります。致命的な状態です。
オーバードレナージが硬膜下血腫へ伸展したイメージ
オーバードレナージが起こり進行する経過では、頭蓋内環境の急激な変化が起こります。バイタルサインの変動はもちろん、意識障害の悪化・痙攣などが起こります。
最悪の場合死に至りますので、まずはオーバードレナージを起こさないことが一番です。ただ、起きたのなら早期に発見する以外にありません。早期発見して対処すれば、多くの場合は大事に至りません。
髄液ドレナージ管理の基本
オーバードレナージの危険性を重ねてお伝えしました。ただ、過度に恐れてしまうのも良くありません。髄液ドレナージ管理の経験値を増やし、正しく理解することが重要です。一度腑落ちすれば混乱はなくなり、エラーが起こるリスクを減らせます。
ここからは髄液ドレナージ管理の基本を学びます。
クランプ操作の基本
- 通常排液時はクランプは全て「開」
- 髄液測定用シリンダー下、ワンタッチクランプのみ「閉」
- 髄液圧、頭の高さが変化する時は患者に最も近いロールクランプを「閉」
- 例:処置・食事・哺乳時等
- 移動時はすべてのクランプを「閉」
- 移動前後の操作は複数人で確認
- クランプ操作は、閉じた人が開く
クランプ開放・閉鎖の順序
それではクランプの開放・閉鎖順序はどうすれば良いのでしょうか。看護師間でもしばしば議論になります。基本的な考えを示します。
- 閉鎖:体に近い側から
- 開放:チャンバー上のワンタッチクランプから
- 以上です。これは、サイフォン効果による重大な事故を防ぐための提案です。
ただ、実際は一連の操作で行う場合は順番はあまり気にしなくてもよいと考えます。順番にこだわって開閉を忘れるより、確実にすべてのクランプを操作することが最も重要です。
観察の基本項目
髄液ドレナージ管理において、主にオーバードレナージを起こさない重要性を述べてきました。これを含めた髄液ドレナージ観察の基本項目を示します。
- クランプ
- 適切に開放・閉鎖されているか
- 交通性
- 波動・疎通性があるか・変化はないか
- 頭蓋内圧の目安
- 脳脊髄液面の高さはどこにあるか・変化はどうか
- 圧設定
- ゼロ点(外耳孔)とドレナージ高さ設定は正しいか
- 排液量
- コンスタントに排出しているか
- 色調変化
- 急な色調変化がないか・混濁していないか
- その他
- 気泡や浮遊物はないか
まとめ
多くの病院では、主に看護師が髄液ドレナージ管理をします。医師の指示に従って管理する事実は変わりませんが、髄液ドレナージのトラブルは看護師一人のエラーで起こり得ます。さらにオーバードレナージは、発生から短期間で重大合併症につながります。
脳神経疾患治療において、避けられないのが髄液ドレナージ管理です。正しい管理とトラブル対応を身に着けておくことは、脳神経ナースにとって必須の能力と言えます。
本記事が、脳神経ナースのお役に立てば嬉しいです。
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