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対人関係

当たりたくない宝くじと、ナースの夜なべ

本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。

現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「当たりたくない宝くじと、ナースの夜なべ」です。

深夜の電話

深夜の静寂を切り裂く電話の音ほど、心臓に悪いものはありません。 受話器の向こうから聞こえてきたのは、助けを求める声。 家族がバイクで転倒したという報せに、寝ぼけていた頭が瞬時に「ナースモード」へと切り替わりました。

警察・救急に通報するよう指示し、すぐ現場に駆けつけると、そこには街灯に照らされた痛々しい光景が広がっていました。 「痛い、痛い」 震える声で訴える家族。救急隊の方から報告を頂き、あらためてその表情とバイタルを確認、意識レベル・四肢の動き・呼吸を順にアセスメントしていました。

実は、今の私は外傷や救急の専門ではありません。普段の業務では、あふれんばかりの血流や、一分一秒を争うトリアージの現場に身を置いているわけではないのです。それでも、目の前の大切な人が苦しんでいるとき、身体が自然と動きました。

救急隊の方と現況を共有し、検討を重ねました。転倒の状況・速度・衝突の有無。一見して広範囲な擦過傷は凄惨なものでしたし、一般の方が見れば救急搬送を選ぶでしょう。ただ、幸いにも意識は清明で、高エネルギー外傷を疑うサインは見当たりません。協議の末、深夜だったこともあり、「今夜は搬送を見合わせ、翌朝に専門医を受診する」という決断を下しました。それは、身内を看る一人のナースとして、その後の全責任を引き受けるという、静かですが重い覚悟の表明でもありました。

蘇る感覚、かつての皮膚科病棟経験

帰宅後、最も過酷で、かつ重要な「洗浄」の時間が始まりました。「ごめんね、今から少し痛いことをするよ。でも、ここで砂を落とさないと、あとでもっと痛い思いをすることになる。一緒に頑張ろうね」

家族に語りかけながら、私はふと思い出していました。 そうだ、私はかつて皮膚科病棟で働いていた。当時は当たり前のように行っていた日々の処置。忙しさの中でいつの間にか過去の記憶として仕舞い込まれていたはずの経験が、この切迫した状況で、鮮やかな色彩を持って蘇ってきたのです。

「この程度の深さなら、この処置でいける」 「この後の滲出液の出方はこうなるはずだ」 確信がなかったはずの判断の裏側に、かつて病棟で数えきれないほどの創傷と向き合ってきた自分の「指先の記憶」が息づいていました。専門外だと思い込んでいたけれど、培ってきた経験は決して私を裏切らなかった。その事実に、暗闇の中でどれほど勇気づけられたかわかりません。

自費で購入し災害用に備蓄していた「シリコーンゲルメッシュ(非固着性シリコーンガーゼ)」を選んだのも、かつての経験が無意識に導き出した最善策だったのかもしれません。適切な用量での疼痛コントロールを併用しながら、今あるリソースの中で、最大限にできることを積み重ねていきました。

徹夜の観察と、翌日の勤務で見えた景色

処置が終わっても、私の夜は終わりませんでした。交通外傷後の患者を前にしたとき、頭の片隅には常に「夜間急変」の可能性が居座っています。数時間おきにそっと部屋を覗き、意識状態・呼吸・末梢の循環を確認する。 暗闇の中、ようやく眠りについた家族の傍らで、私は五感を研ぎ澄ませて夜を明かしました。もちろん、短期集中の睡眠をとったことは言うまでもありません。

そして翌朝、私はそのまま職場へと向かいました。 疲労はピークだったはずですが、不思議なことに、その日の患者さんに、いつも以上に優しくなれた気がします。

「患者さんは、こんな不安な夜を過ごしてきたのかもしれない」、「痛みがあるとき、看護師の何気ない一言がどれほど救いになるか」

昨夜の自分と家族の姿を投影しながらの仕事は、技術的な正解を超えて、より心に寄り添うものへと変化していました。疲労との戦いの中でしたが、「看護という仕事は、なんて地続きなんだろう」と感じ、自分自身の看護観がまたひとつ深まっていくのを感じました。

チーム医療という名の絆

その後受診した皮膚科の医師は、私が貼った資材を見て驚かれつつも、感染予防を最優先に処方・処置をしてくださいました。医師の判断はプロとしての「守り」の姿勢。かつて皮膚科病棟でドクターたちの背中を見てきた私には、その選択の妥当性がよく理解できました。その見識に深い敬意を抱きながら、私は処方箋を受け取りました。

振り返れば、警察の方が現場を保全し、救急隊の方が冷静なアセスメントを共有してくださり、医師が専門的な判断を下し、そして私が生活の場でのケアを繋いだ。 これは病院という枠を超えた、ひとつの「チーム医療」そのものだったのではないでしょうか。関わってくださったすべての方々に今、心からの敬意と感謝をお伝えしたいと思います。

合理的な引き算:当たりたくない宝くじ

今回の出来事は、保険制度についても深い示唆を与えてくれました。私は保険や投資など、お金と経済・社会保障にも関心があります。バイクに乗る以上、対人・対物の賠償保険を「無制限」に設定しておくことは絶対です。けれど、自分自身の怪我を補償する「人身傷害保険」はどうでしょうか。

今回、私たちは健康保険を使い、3割負担で治療を終えました。高額療養費制度や傷病手当金があり、万が一のときに家族を支えられるだけの貯えも準備してきました。 そうなると、自身への損害保険は、まるで「当たりたくない宝くじ」のように思えてくるのです。 もし、その「当選金」がなくても、自前の知識と経験という名の「資産」でリカバーできるのであれば、その投資は-もっと別の場所-例えば、日々の生活を彩るものや未来への投資、さらに安全な装備へと振り向けたほうが、より豊かな人生に繋がる気がするのです。

看護師という仕事も、悪くない

現場でのトリアージ・資材の備蓄・迅速な疼痛管理・絶え間ない観察、そして多職種への敬意。これらはすべて、私が看護師という職業を選び、様々な現場で泥臭く積み上げてきた「ささやかな力」だと思うのです。

「昔取った杵柄」という言葉がありますが、看護の力は一度身につければ一生自分を、そして大切な人を守る盾になります。専門外だからと尻込みするのではなく、今ある知識を総動員して大切な人の苦痛を和らげ、適切な助けを求め、未来のリスクを最小限に抑える。 それができたとき、「看護師という仕事を選んで、よかったな」と、思えました。

そして普段何気なく行っている仕事で接する患者さんにも、家族と同じように誠意をもって関わっていることに気づいたのです。日々当たり前にやっていることに、貢献感を持っていいと思ったのです。

私たちは、いつどこにいても看護師です。 知識・技術という名の「自己保険」を身にまとい、日常のあらゆる場面で「これからどうするか」を考え、誰かの力になれる。 そんな自由で、しなやかな強さを持てるこの仕事は案外、悪くないものですよ。

おわりに

事故後数日経ち、ようやくきれいな肉芽が盛ってきた傷跡を眺めながら、私はそんなことを考えていました。さて、次の「宝くじ」を引かずに済むように、これからの運転も心して気をつけてもらわなければなりませんね。もちろん、私も。

今回の事故は、家族にも私にも決して楽しい経験ではありません。できればなかったほうが良かったです。それでも「もう二度とバイクには乗らない!」という選択以外が取れるといいな、と思います。バイクが無事退院したとき、また家族を誘い一緒にツーリングに行きたいです。

ご意見がおありでしたらぜひご連絡ください。

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この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。

ABOUT ME
小林 雄一
脳卒中リハビリテーション看護認定看護師「看護師失格?」著者 看護師の育成に取り組むと同時に、看護師の対人関係能力向上に貢献するため、面談・セミナー・執筆活動を行っています。