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対人関係

「ほめてください」と言われたら?リーダーが実践する「ノーリアクション」育成論

本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。

現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「ほめてくださいと言われたら?」です。

上司であるあなたへ:なぜ「ほめない・叱らない」教育が大切なのか

「ほめられたい」。部下からそう懇願されたとき、あなたはどのように感じますか? 世間では「上手にほめて伸ばす」「時には厳しく叱ることも必要」といった教育論が主流かもしれません。

しかし、長年臨床での教育現場に立つ中で、私は「ほめる」ことも「叱る」ことも、本質的には相手をコントロールしようとする行為であり、真の成長を阻害する可能性があるという考えに至りました。

特に、多忙な医療現場で働く看護師の皆さんは、日々の業務に加えて、後輩育成という大きな役割も担っています。そんな中で、「ほめる・叱る」という従来の枠組みを超え、「ほめない・叱らない」教育がなぜ看護現場で重要なのか、その真意をお伝えしたいと思います。

「ほめる」も「叱る」も、その根底にあるのは「コントロール」

私たちは、相手を自分の意図する方向へ動かしたいとき、無意識のうちに「ほめる」や「叱る」という手段を選びがちです。

例えば、期待通りの成果を出した部下を「よくやった!」とほめる行為。一見すると励ましのように見えますが、その裏には「今後も同じように行動してほしい」という期待、つまり「行動の制御」の意図が隠されています。 同様に、ミスをした部下を「なぜこんなことをしたんだ!」と叱る行為も、「二度と同じミスをさせない」という行動修正、つまり「支配」の側面を持ちます。

「ほめるのをやめよう リーダーシップの誤解」日経BP 2020で岸見一郎さんも指摘されているように、「ほめることも叱ることも、相手に言うことを聞かせるための『操作・支配』であり、本質的に同じである」という見方は、まさにこの事実を浮き彫りにします。

上司の立場からすれば、部下の成長を願うがゆえの行為かもしれません。しかし、ほめられることで行動する「承認欲求」に依存させたり、叱られることを恐れて自律的な思考を停止させたりする可能性もはらんでいます。

「ほめられたい」と願う心理の背景

「ほめられたい」と公言する部下の存在は、一見すると彼らが自信を求めているように映るかもしれません。しかし、その根底には「自分の価値が他者からの評価によって決まる」という依存的な心理があることが多いです。これは、幼少期からの教育や社会システムの中で培われた、「正解」を求め、それに従うことで承認を得るという習慣の表れとも言えるでしょう。

このような環境下では、看護師としての専門性や主体性が育ちにくくなる可能性があります。患者さんの状態は一人ひとり異なり、マニュアル通りにはいかない状況の連続です。そこでは上司からの「お墨付き」がなくても、自ら考え、判断し、行動する力が求められます。

「ほめない・叱らない」が育む自律性と関係性

では、「ほめない・叱らない」教育とは具体的に何を意味するのでしょうか。それは、部下の行動に対して安易に評価を下すのではなく、以下のような関わり方を重視することです。

  • 「見る」と「聞く」に徹する: 部下の行動をありのままに観察し、彼らが何を考え、何を感じているのかをじっくりと聞くことに集中します。判断や評価を挟まず、ただ傾聴することで、部下は安心して自分の考えを話せるようになります。
  • プロセスに関心を寄せる: 結果だけでなく、その結果に至るまでのプロセスや努力、試行錯誤に目を向けます。「どうすればもっと良くなると思いますか?」「次はどんなことを試してみたいですか?」など、部下自身が考える機会をつくり、考察を促します。
  • 存在を承認する: 行動や成果に対してではなく一人の人間として、その存在そのものを尊重し、信頼を寄せます。部下は「自分はここにいても良いんだ」「ありのままで受け入れられている」と感じることで、安心感を得て、主体的に行動できるようになります。
  • 対等な「対話」を重視する: 上司と部下という立場ではなく、人と人としての対話を心がけます。お互いの意見を尊重し、一緒に解決策を模索する姿勢は信頼関係を深め、より建設的な関係性を築きます。

こうした「ほめない・叱らない」姿勢は、看護師一人ひとりが自律性を持ち、困難な状況に直面しても他者の評価に左右されずに自分自身の力で乗り越えていく力を育むことに繋がります。また、上司と部下の間にコントロールに基づかない真の信頼関係を築く土台となります。

新しい時代の看護教育に向けて

看護の現場は常に変化し、より高度な判断力と応用力が求められています。旧来の「ほめる・叱る」という枠組みから一歩踏み出すときです。「ほめない・叱らない」というアプローチを通じて看護師一人ひとりが自らの可能性を最大限に引き出し、主体的に成長できる環境を共に築いていきましょう。

それは、結果として患者さんへのより質の高いケア提供にも繋がっていくはずです。

あなたはどう考えますか。

この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。

ABOUT ME
小林 雄一
脳卒中リハビリテーション看護認定看護師「看護師失格?」著者 看護師の育成に取り組むと同時に、看護師の対人関係能力向上に貢献するため、面談・セミナー・執筆活動を行っています。