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対人関係

「あなたのすべてを知っている」かのように振る舞う人への違和感 ―その独善性の裏にあるものー

本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。

現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「あなたのすべてを知っている」かのように振る舞う人への違和感です。

吸い取られるエネルギー

日々の生活や職場で、ふとした瞬間に「なんだかこの人と話していると、エネルギーを吸い取られるな……」と感じることはありませんか。特別に怒鳴られたわけでも、直接的な嫌がらせを受けたわけでもない。それなのに、会話が終わったあとにずっしりとした疲労感だけが残る。そんな不思議な消耗を経験したことのある方は、決して少なくないはずです。

先日、ある面談の中で、このような切実な相談を受けました。

「職場の同僚のことで悩んでいます。その人は、私がまったく知らないことまで『~さんがこう言ってたじゃん』とか『あの時はこうだったよね』と、当然のように私が知っている前提で話を進めてくるんです。

こちらが話についていけずにいると、今度は『私、サバサバしてるからごめんねえ』と言い放ち、周囲との摩擦も気にせず自分のペースで行動します。

一見すると、何の苦労もなさそうで羨ましくもあるのですが、私はいつも不愉快に感じながらも、その場の空気を壊したくなくてやむを得ず話を合わせてしまいます。そんな自分の弱さにも嫌気がさしてしまって……」

お話を伺いながら、私は相談者の方の胸の痛みが痛いほど伝わってきました。同時に、「よくぞ言葉にしてくださいました」とも思いました。

なぜなら、こうした「一見デリカシーがないだけ」に見える振る舞いは、言われた側が「自分の器が狭いから気に病むのだろうか」と自分を責めてしまうからです。悪気がないように、さも親しげに振る舞われるからこそ、私たちは拒絶することもできず、やむなく迎合せざるを得ない状況に追い込まれてしまいます。

まず最初にお伝えさせてください。あなたがモヤモヤし、不愉快に思い、そしてエネルギーを削られてしまうのは、ごく自然なことです。

今回は、この「自分のことをすべて知っているかの如く振る舞う人」の心理を、人間の行動心理の視点から少し分析してみたいと思います。そして、搾取されそうになっているあなたの心を解放し、さらにはその独善的な人さえもが周囲と本当の意味で調和して生きるための「勇気」について、一緒に考えていきましょう。

摩擦を意に介さない「強い人」の、本当の正体

私たちは、周囲の目を気にせず、自分のペースを一切崩さない人を見ると、「メンタルが強くて羨ましいな」「何の苦労もなさそうだな」と思ってしまいます。ある種の摩擦が生まれていることすら意に介さない姿は、どこか無敵のようにも映ります。

しかし、その行動の「目的」に焦点を当てて覗き込んでみると、全く異なる景色が見えてきます。

哲学者である岸見一郎先生の論考にも通じることですが、人間の行動にはすべて、その人なりの「目的」が隠されています。彼らがなぜそのような独善的な振る舞いを選択せざるを得ないのか。その裏にある二つの心理を紐解いてみましょう。

①「すべてを知っている前提」で話す目的

「〇〇さんがこう言っていた」「あの時はこうだった」と、あなたが知らない事案をさも共通認識であるかのように語り、同意を求めてくるエピソード。 これは一見、親密さの演出に見えますが、本質は異なります。その真の目的は、「情報を握っている自分」や「人間関係の中心にいる自分」を誇示することです。

あなたに「え?何のこと?」と思わせ、主導権を握ることで、コミュニティ内での自分の優位性を確認したいのです。つまり、対等な関係を結ぶのではなく、あなたを自分のペースに巻き込み、コントロールしようとする承認欲求と言えます。

②「私、サバサバしてるから」と自称する目的

配慮の欠いた言動をした直後に、例えば「私、サバサバしてるからごめんね」と付け加える。この言葉の目的は何でしょうか。 これは、免罪符の形を借りた「先制防御(予防線)」です。言葉の裏には、「私はあなたに配慮をしません。もしあなたが傷ついたとしても、それはあなたの問題(器が狭いせい)ですからね」という強烈な自己保身が隠されています。

本当に自分に自信があり、他者と健康的な関係を築ける人は、わざわざ「私、サバサバしているから」とか「私、こんなだからさぁ」などと自己申告する必要はありません。なぜなら、ありのままで周囲に受け入れられている実感があるからです。

こうして分析してみると、一つの事実が浮かび上がります。 彼らは「摩擦を意に介さない強い人」なのではありません。むしろ逆です。「他者と正面から向き合い、自分が否定されること」を強烈に恐れている、きわめて臆病な人なのです。

傷つく勇気がないからこそ、先手を打って自分の殻(ペース)をガチガチに固め、周囲を自分のストーリーに無理やり従わせることで自分を守ろうとしています。これは心理学でいう「安易な優越性の追求」であり、その根底にあるのは、他者に対する深い不信感と、それを覆い隠すための激しい劣等感なのです。

そう捉え直してみたとき、あなたの目に映るあの人の姿が、少し変わって見えませんか。羨むべき強い人などではなく、「他者を信頼できず、常に怯えながら自分を大きく見せようとしている人」の姿が浮かび上がってくるはずです。

あなたの「迎合」が、相手の孤立を加速させている

不愉快に感じながらも、その場の空気を丸く収めるために話を合わせてしまうあなた。それは、あなたが他者との調和を何よりも大切にできる、思慮深く優しい人だからです。

ですが、理不尽な独善性に対して迎合し続けることは、あなた自身をすり減らすだけでなく、実は「相手のため」にもなっていません。

なぜなら、あなたが無理に笑顔で話を合わせてしまうことで、相手は「自分のこの振る舞いは受け入れられているんだ」、「このままでいいんだ」と誤解を深めてしまうからです。あなたの優しさが、結果として相手の傲慢さを増長させ、相手をさらに深い孤立へと追い込む手助けになってしまう。これはとても悲しい矛盾ですね。

ここで必要になるのが、人間関係における「課題の分離」という考え方です。

相手があなたをどう評価しようと、どんな過去のイメージを押し付けてこようと、それは「相手の課題」です。今のあなたが、相手の脳内にしか存在しない「都合のいいあなた」の役を演じてあげる義理はどこにもありません。

「あの時こうだったよね」と言われて、記憶にないのに分かったふりをする必要はありません。 「私、サバサバしてるから」と言われて、苦笑いで受け流す必要もありません。

次からは、ほんの少しの勇気を持って、静かに、しかし明確に境界線を引いてみてください。

「あ、私はその件についてはちょっと分からないです」 「そうなんですね。あなたからはそう見えているんですね」と、伝えるのです。

相手を攻撃したり、論破したりする必要はありません。そんなことをすれば、相手はさらに強固な防御壁を築くだけです。「こいつは敵だ」と、嬉々として自分のペースに巻き込もうとするか、「おまえは敵だ」と拒絶するでしょう。

そうではなく、ただ相手のストーリーへの乗車を拒否する。感情を動かさず、「私は私、あなたはあなた」という対等な「横の関係」を、リラックスした態度で表明するだけで十分です。

あなたが迎合をやめることは、冷たさではありません。相手に「自分の足で立つ」ことを促す、本当の意味での誠実さなのです。

「サバサバ」という鎧を脱ぎ捨てる勇気

最後に、もしこの記事を読んでいる方の中に、「もしかしたら、自分も周囲に自分のペースを押し付けて、独善的に振舞ってしまっているかもしれない」と、胸の奥がチクリとした方がいたなら。

私はその痛みを、歓迎したいと思います。なぜなら、その「チクリ」とした違和感こそが、自分を見つめ直し、新しい生き方へと踏出すための大切な出発点だからです。

自分のペースで周囲をコントロールし、同意を強制し続ける生き方は、一瞬の優越感や全能感をもたらしてくれるかもしれません。しかし、そのやり方で得られるのは、本当の意味での「仲間」でも「安心感」でもありません。

周囲があなたに合わせているのは、あなたの正しさに心から納得しているからではなく、これ以上傷つけられたくないから、あるいは「この人に言っても無駄だから」と諦めて波風を立てないようにしているだけかもしれないのです。その静かな諦めを、「自分のサバサバした魅力が受け入れられている」と誤解したままでは、いつまで経っても心からの孤独が癒えることはありません。

他者と調和して生きるということは、自分のペースを他者に押し付けることでもなければ、他者のペースに怯えて自分を殺すことでもありません。

お互いが全く異なる「違い」を持った人間であることを認め、対等な存在として、まずは相手の言葉に耳を傾ける。そこからしか、本当の人間関係は始まりません。

自分の小ささや弱さを隠すために着込んできた、「サバサバ」という名のトゲだらけの鎧を、少しずつ脱ぎ捨てる勇気を持ってみませんか。鎧を脱いだあなたは、きっと今よりもずっと軽やかに、そして周囲の人たちと温かい手をつなぎ合って生きることができるはずです。

あなたが自分自身の境界線を大切にし、相手とも適切な距離で向き合えるようになることを、私は応援しています。

あなたはどう考えますか。

この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。

ABOUT ME
小林 雄一
脳卒中リハビリテーション看護認定看護師「看護師失格?」著者 看護師の育成に取り組むと同時に、看護師の対人関係能力向上に貢献するため、面談・セミナー・執筆活動を行っています。