本記事は対人関係に悩みを抱える人が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
現場の看護師から受ける相談や、私が経験した事例をもとに一緒に考えていきます。
今回のテーマは、「組織の色」に染まりきらない自分」です。
役割の重さと、消えない違和感
夕暮れの静まり返ったナースステーションや、誰もいなくなったオフィスで、ふと手が止まることはありませんか。
手元にあるのは組織を円滑に回すための計画書や、上層部からの指示が書かれた通達。一部署の長として、それらを現場に浸透させ、実行に移すのが私の「役割」です。
しかしその文字を追いながら、胸の奥に冷たい石が置かれたような、言いようのない違和感を感じることがあります。
「組織のために、この嫌な仕事を現場に強要しなければならないのだろうか」
「慣習だからという理由だけで、スタッフに無償の労働を強いるのが、本当に正しいリーダーの姿なのだろうか」
会社員である以上、組織の論理に従わなければならない側面は確かにあります。上司がなぜあのような指示を出さざるを得ないのか、その背景にあるプレッシャーも、この業界特有の同調圧力も、私は「理解」できてしまいます。長くこの世界にいればいるほど、その構造が透けて見えてしまう。
だからこそ、つらいのです。
「仕方がない」と割り切ってしまえば楽になれるのかもしれません。職業人として器用に迎合し、波風を立てずに泳いでいく術も、私たちは知っています。けれど、そうやって要領よく立ち回る自分を想像したとき、「それは、私がなりたかった私だろうか」という問いが、静かに、しかし鋭く突き刺さるのです。
今日はそんなジレンマの中で、自分を失わずにいたいと願うあなたと一緒に、少しだけ立ち止まって考えてみたいと思います。
「理解できる」ことが、刃になるとき
私たちがこれほどまでに苦しむのは、私たちが「組織人として優秀で、かつ誠実であろうとしているから」ではないでしょうか。
もし、相手の事情を一切汲み取れない無神経な人間であれば、反発するか、あるいは何も考えずに従うかのどちらかで済むでしょう。しかしあなたは上司の苦悩を察し、組織が抱える課題を自分事として捉えてしまう。その「理解力」と「共感性」が、皮肉にも自分自身を傷つける刃(やいば)になってしまっているのです。
「理解できる」ということは、相手の論理を自分の内側に取り込んでしまうことでもあります。相手の事情を飲み込んだ結果、自分の倫理観が隅に追いやられ、居場所をなくしていく。その過程で感じる「自分らしくなさ」は、あなたが組織の部品になろうとして、魂が悲鳴を上げている状態なのかもしれません。
ここで一度、深呼吸をして整理してみましょう。
私たちが目指すべきは、組織に従順な「部品」になることではありません。組織という大きなキャンバスの中で、自分の「色」を失わずに存在し続けることです。
境界線を引くための思考 ― 「理解」と「同意」を分かつ
自分を失わないための第一歩は、心の中に明確な境界線を引くことです。
私はよく、こんなふうに考えるようにしています。
「理解はできるが、賛成(同意)はしない」
この視点を持つだけで、心の持ちようは随分と変わります。
上司の指示や組織の方針に対して、「なぜそのような結論に至ったのか」という背景や文脈を理解することは、管理職としての知性です。しかし、その知性と自分の価値観を差し出すことは、全く別の問題です。
「組織の論理としては、そう動かざるを得ないのだな」と、まるで遠くの風景を眺めるように客観的に把握する。その上で、「でも、私の倫理観としては、そのやり方には賛成できない」と心の中で静かに、しかし断固として一線を引くのです。
行動としては、役割を果たすために必要な調整を行うかもしれません。それは「会社員としての義務」という仮面をかぶって行う演技のようなものです。でも、その仮面の下にあるあなたの本心は、決してその色に染まってはいない。
この「理解」と「同意」の分離こそが組織の波に飲み込まれず、自分の正気を保つための、最も基本的で強力な防衛策になります。
組織の「色」と、自分の「色」
私たちはよく、「組織の色に染まる」という言葉を使います。
それは一見、組織への忠誠心や適応能力のように聞こえますが、度が過ぎれば、それは自分という固有の色の喪失を意味します。
あなたが今感じている「自分らしくない」という違和感。
それは、あなたが組織の「色」に染まりきらず、自分自身の「色」を必死に守ろうとしている証拠です。もし完全に染まりきっていたなら、痛みも疑問も感じなくなっていたはずですから。
「仕事をしなければ生きてはいけない。でも、仕事のために生きているわけではない」
この言葉は、私たちの人生における「主色(メインカラー)」が何であるべきかを教えてくれます。仕事は私たちの人生を豊かにするための、あるいは社会と繋がるための一つの「道具」や「手段」に過ぎません。
組織の論理という色が、あなたの人生のキャンバスすべてを塗りつぶそうとしてきたとき、どうか思い出してください。あなたは組織のために生きているのではなく、あなた自身が「よりよく生きる」ために、今その場所に立っているのだということを。
職場で見せる「迎合」は、嵐をやり過ごすための「擬態」であって、あなたの本質ではありません。コートを羽織るように役割を身にまとい、でもその下では、自分だけの色を大切に温め続けていいのです。
ただし、断じて譲れないことはあります。
一部署の長として、あるいは一人の専門職として、以下のことが問われる場面では、私は毅然とした態度を貫くべきだと考えています。
- 患者様やそのご家族様に、実質的な不利益をもたらすとき
- 人として、あるいはプロフェッショナルとして、不義理で不誠実な振る舞いを求められたとき
- 共に汗を流すスタッフを、人としてではなく「都合の良い駒」として扱うような指示を受けたとき
一見、組織を維持するために「致し方ない」ように見える上司の指示であっても、それが組織の本来の目的、―例えば、患者様の幸せや働くスタッフの自立と成長―に繋がらないのであれば。あるいは、将来的に不正や腐敗の温床になるような、不透明なものであれば。
その時は、たとえ孤立するリスクがあったとしても、断る勇気を持つこと。
「上手くやる」ことは、日々の平穏を守るための知恵ですが、「心を売り渡す」ことは、私たちが「よりよく生きる」というテーマを根底から壊してしまいます。
この一線を守ることこそが、あなたが自分を失わずに生きていくための、最後の、そして最強の砦となります。
毅然と断ることは、組織への反逆ではありません。むしろ、組織が本来あるべき姿から逸脱しようとしているのを、身をもって食い止める「真の貢献」なのです。
私はそうしています。この時、大きな摩擦や不利益は避けられません。それでも譲れない一線は守ります。これは、自分らしくあるための代償です。
「よりよく生きる」ために、不毛な戦いから降りる
一方で、すべてを完璧に変えようとして、自分の身を削りすぎる必要もありません。
組織の古い慣習や、上層部の凝り固まった考え方を、あなた一人の力で、今日明日中に変えることは、現実的には難しいでしょう。
そこに真っ正面からぶつかり続け、疲れ果ててしまうのは、私がブログで繰り返しお伝えしている「不毛な戦い」に他なりません。「なぜ変わらないのか」「なぜ理解してくれないのか」と、相手を変えることに全精力を注ぐのは、一度お休みにしましょう。
私たちは、解決のために「原因」を取り除くことばかりに目を向けがちですが、大切なのは「これからどうありたいか」を構成していくことです。
組織の理不尽さを「変えられない事実」としていったん脇に置き、その制限された状況の中でいかに自分らしく、いかにスタッフを守り、いかに患者様に貢献できるか。その「小さな工夫」にエネルギーを使いませんか。
「今日は、あのスタッフに一言だけ労いの言葉をかけよう」
「この理不尽な指示は、できるだけマイルドな形に翻訳して現場に伝えよう」
「定時になったら、仕事の仮面を脱ぎ捨てて、自分の人生を全力で楽しもう」
そうした小さな「解決の積み重ね」があなたを少しずつ自由にし、自分らしさを取り戻す糧になっていくはずです。
結びに代えて -コートの下にある自由-
「自分らしくない」と悩むあなたは、誰よりも自分自身に対して、そして仕事に対して誠実な人です。その誠実さが生み出す痛みは、あなたが「一人の人間」として、まだ生き生きと鼓動している証拠です。
仕事は人生の大切な一部ですが、すべてではありません。
私たちは、組織の論理という荒波を渡るために、時には「管理職というコート」を厚く着込み、顔を伏せて歩かなければならない日もあります。
でも、忘れないでください。
そのコートの下にある、あなたの「色」と「一線」は、誰にも支配されることはありません。そこには、誰にも汚されない、あなただけの自由な領域が広がっています。
「どうすれば、この組織で自分を失わずにいられるだろうか」
そう立ち止まって考えること。それ自体が、すでに新しい生き方の始まりです。
完璧である必要はありません。ただ、自分の中に引いたその「一線」を、そっと指でなぞってみてください。その感触を覚えている限り、あなたは何度でも、自分自身の場所へ帰ってくることができます。
明日もまた、あなたの色が、あなたらしい温度で現場を照らし続けることを、心から願っています。
あなたはどう考えますか。
この記事に登場する人物・事例・団体などはすべて架空のものです。筆者の所属施設・関連施設とは一切の関係はありません。プライバシーに配慮して、実際の事例をもとに内容を構成したものを掲載しています。








