高次脳機能障害・認知症対象者のケアは難しい
高次脳機能障害の患者さん・対象者さんと会話していて、すれ違いを感じたことはありませんか。
理解しようと努力しているのに、距離が縮まらない、結果的にケアが上手くいかないという経験があると思います。
ケアが上手くいかず、繰り返す患者の問題行動に直面して困り果てる。対応方法はわからないまま時が過ぎ、また次の課題に直面する。
こうして「高次脳機能障害・認知症対象者のケアは難しい」と感じれば、苦手意識は募る一方です。
神経心理ピラミッド
神経心理ピラミッドを知る
これまでやってきた方法が上手くいかないのであれば、発想の転換が必要かもしれません。
そこで私は、高次脳機能障害を含む、認知機能低下対象者にケアを提供されている方に、「神経心理ピラミッド」を紹介します。
「前頭葉機能不全 その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド」という書籍に登場します。
脳卒中・リハビリ領域の学会・論文などでしばしば扱われているので、目にされた方もあると思います。以下にお示しした階層状のものが、本家本元です。
このピラミッドが伝えようとしているのは、認知機能の働き方には順番があるということです。
つまり、下の階層にある機能は認知の働きの基礎であり、その上にあるすべての機能に影響を及ぼしていると考えます。ピラミッドの下が満たされてはじめて上の階層が充足されます。
リハビリ職だけのものではない
この神経心理ピラミッド、脳卒中・リハビリ領域の学会・論文で取り上げられることが多いため、リハビリ専門職(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)対象の理論と思われるふしがあります。
私は、職種や領域を問わず活用できる理論と考えます。前述のリハビリ専門職の実践する治療に有効なことはもちろんなのですが、高次脳機能障害・認知機能低下を扱う職種すべてに活用頂けます。
医療・介護の現場でケアを提供者する、看護師・介護士などはその最たる例です。さらに、職種としてのケア提供者以外、ご家族やご友人が高次脳機能障害・認知機能低下対象者に向き合う際にも有効です。
前頭葉機能とは
それは、この神経心理ピラミッドが「前頭葉機能不全」を対象としているからです。前頭葉は、人間が人間らしい生活を送るため不可欠な役割を担います。一般的には、「判断・記憶・注意・情動」などの機能を司っていると考えられます。
疾患や外傷などで前頭葉が部分的に欠損する方はありますが、一般的にすべてのヒトに前頭葉は存在します。つまり、前頭葉機能不全の課題はすべてのヒトに関わることです。
私たちヒトが、社会生活を営み協働して生きていけるのは、前頭葉が機能しているからです。
神経心理ピラミッドによる高次脳機能障害・認知症対象者の理解
この神経心理ピラミッド、高次脳機能障害を理解しケアに繋げるために大変有意義な理論です。
ただ、初めて目にされた方には馴染みのない言葉や言い回しから、理解が難しい部分があります。このため少しだけ平易にアレンジし、あらためて説明します。ここで基礎が理解できより詳しく学びたいと関心がもてれば、ぜひ原著を確認ください。
このピラミッドが伝えようとしているのは、認知機能の働き方には順番があることだとお伝えしました。下の階層にある機能は認知の働きの基礎であり、その上にあるすべての機能に影響を及ぼしていると考えます。
繰り返しますが、ピラミッドの下が満たされてはじめて上の階層が充足されます。
下から順に、目が覚めて、精神的エネルギーが保たれ、外界に興味が向き、集中でき、理解と表出ができてコミュニケーションが取れるようになります。そしてやっと、記憶ができるのです。そのうえで物事が順序立ててできるようになり、ようやく自己認識に至ります。
神経心理ピラミッドを用いて認知機能を見ていくと、私たち人間同士が普通にやりとりできる状態は、とても高い次元で脳が機能していることがわかっていただけると思います。
そう、人と人のコミュニケーションが成立するのは、当たり前ではないのです。
問題行動はなぜ起こるのか
問題行動?
神経心理ピラミッドの右に、各階層が充足されていない時の症状を示します。様々な、いわゆる問題行動が並びます。目を伏せたくなるような症状かもしれません。
ただ、臨床上よく使われるこの「患者の問題行動」は、「結果的に起こっていること」に過ぎません。患者・対象者に対峙しているとき、確かにこれらは大きな問題点に見えます。これらの症状を何とか取り除きたくなるでしょう。
しかし、これは生じている問題行動の原因ではありません。原因でないとすれば、修正はできないのです。
さて、臨床上看護師などがよく使う「患者の問題行動」を分析しました。ところで、「問題行動」という言葉、適切な表現か考える余地があります。「だれにとって問題なのか?」と問うと、かなり偏った言葉であると気づきます。
いつの間にか、「自分(看護師)を困らせる問題患者」に、すり替えていませんか。もしそうなら、冷静な判断ができなくなっています。
どこに着目するか
私たちが注目したいのは、ピラミッドのより下の部分です。今起こっている問題点にとらわれず、それより下の階層を満たすことに着目するのです。もどかしく感じる方もあるでしょうが、これが問題行動が軽快・消失する最も効果的な方法です。
神経心理ピラミッドを用いての、対象者アセスメントを要約します。
- 認知機能低下対象者の対応がうまくいっていないときには、看護師(ケア提供者)が現状を適切に把握できておらず、ピラミッドの上層をするよう強要している可能性がある
- 神経心理ピラミッドが底辺から徐々に満たされていくよう、多職種が協働し対象者にかかわる
神経心理ピラミッドは、主に「前頭葉損傷」に基づく症状を示しています。このため、認知機能低下患者の多くに活用できます。
問題行動は対処できる
ただし現場の看護師、医療・介護従事者がこれらを学び、身につけたとしても、対象者の問題行動が止むかは分かりません。けっして特効薬のようなケアは存在しません。
それでも高次脳機能障害・認知機能低下対象者に対して『問題行動を止めて!』と強要するよりは良い結果になると考えます。
もし困ったとき、この神経心理ピラミッドを思い出して、『目の前の患者さん・対象者さん、今どこの階層かな?』と考えるだけでも、相当冷静になれます。困ったとき、思い出してみてください。ただそれだけでも、私たちの思考や振舞いは変わります。
従前の対応方法では上手くいかないのであれば、何かを変えなければなりません。この度提案した神経心理ピラミッド、一度活用して頂ければ嬉しいです。
この記事を読まれた方が、「自分は問題行動に対処できる」と思えることを心から願っています。